相続コラム はなまる知恵袋
自分の財産なのに自由にならない 遺留分って何?
更新日: 2020 . 09.9
相続コラム はなまる知恵袋
更新日: 2020 . 09.9
弁護士
加藤 泰
[弁護士法人山下江法律事務所]
A子はとある地方都市で夫と子ども2人と暮らしていました。自宅はA子の実家近くに一軒家を購入しています。
A子の父は15年前に亡くなっています。母C子は高齢で身体が少し不自由なため,A子は週に2,3回は掃除や洗濯,料理を作りに実家に出かける生活です。
A子には兄B男がいましたが,B男は舞台俳優になることを夢見て上京したきりでした。
そんななか,C子が亡くなりました。
Cは自筆証書遺言を書いており,A子に預けていました。
遺言の内容は全財産をA子に相続させる内容でした。
A子は知人に教えてもらい,家庭裁判所で検認手続を行いました。
Cの主な遺産は自宅不動産(4000万円相当)と預貯金2000万円です。
四十九日も終わり,やっと一息ついたA子のもとに葬儀にも顔を出さなかったB男が訪れました。
B男は遺言のコピーと預貯金の残高証明書を手にしており,
「遺言があっても遺留分があるからな。実家は4000万くらいだろ。預貯金2000万のうち1500万は俺のものだな。」
と言って,A子に対して1500万円の支払いを要求してきました。
A子は驚いて弁護士に相談しましたが,B男の言うように
1500万円を払う必要があると言われてしまいました。
B男の言う遺留分とは何でしょうか。
遺留分とは,相続人のうち,被相続人の一定の近親者に留保された相続財産の一定の割合であり,被相続人の生前処分または死因処分によって奪うことのできないもののことをいいます。
一定の近親者とは兄弟姉妹以外の法定相続人を指します。
本来,自分の財産をどう処分しようがその人の自由であるはずです。
しかし,ある人が亡くなったとき,妻や子など,その人に近い近親者は遺産の一定割合をもらえるものと期待するのが通常ですし,生活の保持のために欠かせないケースも多くあります。
また,家業で築き上げた財産などの場合,無償で手伝った身内には潜在的な持分があるということができるケースもあります。
そこで,近親者の期待に反する遺贈や相続分の指定について近親者が異議を述べることができるように法は遺留分の概念を設けました。
生前に処分してしまえば遺留分は問題とならないとすると,生前に主な資産を譲渡するなどして遺留分を設けた趣旨を潜脱することができることになります。そこで生前贈与も遺留分侵害の有無にあたっては考慮されることになっています。
2019年7月1日以降の相続に適用される改正民法においては,遺留分権利者が行使できる権利については金銭を請求する権利と改められました。
旧法下では遺贈や贈与の効果自体を失効させる制度であったため,法律関係が複雑になってしまう問題がありましたが,改正民法ではシンプルな金銭債権として定められたことになります。呼称も,遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求に改められました。
遺留分は,まず誰が相続人であるかによって相続財産に対する遺留分の割合が定められ,さらに,相続人が数人ある場合には法定相続分の割合によって各相続人の遺留分が算定されます。
まず,第一段階で遺留分の総額を算定します。
被相続人の父母や祖父母など直系尊属のみが相続人の場合には遺産の3分の1が遺留分の総額となります(1042条)。
配偶者や子などが相続人となるその他の場合は遺産の2分の1が遺留分の総額となります(1042条)。
次に第二段階として各相続人の個別の遺留分を算定します。
相続人が数人いる場合,個々人の遺留分は以上の遺留分の総額に対して各自の法定相続分を乗じた割合となります(1042条)。
なお,兄弟の遺産をあてにして生活することは通常とはいいがたいなど遺留分の制度趣旨に一般的に当てはまるらないと考えられており,兄弟姉妹には遺留分はありません。
遺留分の算定において基礎となる財産は厳密にいうと亡くなったときの遺産ではありません。
遺留分算定の基礎となる財産の価額は,被相続人が亡くなったときに有していた財産の価額に,贈与した財産の価額を加え,債務の全額を控除した額となります(1043条)。
ここでいう贈与に該当するかどうかは相続人以外と相続人で基準が異なります。
相続人以外については相続開始前1年間にしたものに限りますが,1年より前でも遺留分権利者に損害を与えることを当事者双方が知っていた贈与も遺留分算定の基礎となる財産に含まれます(1044条)。
相続人については相続開始前10年間にしたものと期間は広くなりますが,対象となる贈与は,婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本としての贈与,いわゆる特別受益にあたる贈与に限定されます。
当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを当事者双方が知っていた贈与は10年より前でも遺留分算定の基礎となる財産に含まれます(1044条)。
贈与したものが滅失したり,価額の増減があった場合でも相続開始時に原状のままであるものとして贈与の価額を計算します(1044条,904条)
生計の資本としての贈与は,扶養の域を超えた贈与と説明されることもありますが生計の資本としての贈与とそれにあたらない贈与の境界はあいまいであり裁判所で争われることは少なくありませんが明確な基準はいまだ形成されていません。
やや複雑なのでざっくりとまとめます。
亡くなったときの財産をベースにして,一定の贈与の額を加え,債務を控除した額が遺留分算定の基礎となる財産ということになります。
遺留分権利者およびその承継人は遺贈や贈与を受けた者,受遺者や受贈者に対して,遺留分侵害額に相当する額の金銭の支払いを請求することができます(1046条)。
遺留分権利者個々人の具体的な請求額については,遺留分算定の基礎となる財産に遺留分の割合を乗じた個々の遺留分から,遺留分権利者が遺贈や特別受益にあたる贈与の価額と遺留分権利者が取得する遺産の価額を控除し,遺留分権利者が承継する債務の額を加算して算定した額となります(1046条)。
こちらもやや複雑なのでざっくりとまとめます。
個別の遺留分額から被相続人から贈与や相続でもらった額を控除し,相続した債務を加えた額が個々人の請求できる額となります。
遺留分侵害額の支払請求権の行使は相続による権利関係の変動に影響を与えます。そのため長期間が経過した後の行使を認めると法律関係が安定しないことから権利行使期間について制限があります。
遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年間行使しないと時効によって消滅します。
知ったときという主観的要件を満たさない場合でも相続開始のときから10年が経過したときも同様です。
遺留分侵害額請求を行使するかはそれぞれの遺留分権利者の自由意思に委ねられています。故人の遺志を尊重して行使しない人は珍しくありません。
他方で,行使するのであれば期間制限がありますので迅速に行使する必要があります。
C子の主な遺産は自宅不動産(4000万円相当)と預貯金2000万円であり,特別受益にあたる贈与も負債もないので単純に両者を加算し,遺留分算定の基礎となる財産の価額は6000万円となります。
B男の遺留分割合は,子が相続人の場合ですから2分の1に法定相続分である2分の1を乗じた4分の1です。
したがって,B男の遺留分額は,6000万円に対する4分の1ですから1500万円となります。
B男は特別受益にあたる贈与を受けておらず,遺言によって取得することになった財産もありませんので1500万円がそのままB男が主張できる遺留分侵害額となります。
東京で勝手気ままにいたB男であってもC子の相続において,A子に対し,1500万円を請求することができるのです。
「とある一家の相続」のように,放蕩息子に遺留分を請求されてしまうのは避けられないのでしょうか。
基本的に法律は抜け穴がないように作られていますから遺留分の問題を避けて相続することはできません。
そのため,遺留分相当額を渡すことを前提にして,相続を計画していくことが大原則となります。
しかし,実質的にB男の遺留分の減少させるいくつかの方策は考えられます。
まず,生命保険の活用が考えられます。
被相続人が契約し,相続人の1人が受取人となっていた死亡保険金については原則として特別受益にはあたりません。生命保険金は保険会社から受取人に支払われるものであって被相続人の財産ではないからです。
C子が自分を被保険者とする生命保険に加入し,受取人をA子にしていれば,C子の財産は保険料として減少し,B男の遺留分も減少する一方で,A子さんはC子の死後,遺産とは別に生命保険会社から生命保険金を受け取ることが出来ます。
ただし,遺産に対する生命保険金の割合が高い場合などは特別受益に準ずるものとして扱った裁判例もあり,無制限にこの方法が有効なわけではありません。一概に割合だけで判断するものではありませんが,6.1%で否定した裁判例,61.1%で肯定した裁判例があります。
次に贈与の活用が考えられます。
遺留分の算定の基礎となる財産を減少させ,また,財産を引き継がせたい者の利益となるような贈与を行います。
遺留分の算定の基礎に含まれる贈与の定義は先ほど説明した通りかなり広くカバーされていますので,必ずしも確実な方法とはいえない面もあるのですが,A子への生活費を援助する形で少額の贈与を行うであるとか,A子に子(C子の孫)がいる場合などに学費などを援助するような形で贈与をする方法が考えられます。
必ずしも現実的な方法ではないのですがあと2つほどご紹介しておきます。
相続人の廃除という方法です。
廃除とは,被相続人の意思によって,家庭裁判所が推定相続人の相続資格を奪う制度です。廃除が認められると遺留分を請求することはできなくなります。
しかし,「虐待」や「重大な侮辱」,「著しい非行」といった廃除の要件は家庭裁判所においては非常に厳しく判断されており,B男のような放蕩息子というだけでは簡単に認められません。
遺留分は放棄することが認められています(1049条)。
そこで相続の開始前に遺留分を放棄してもらう方法も考えられます。
ただ,遺留分権利者となるB男が自ら行う必要があるためハードルは高いといえます。
さらに家庭裁判所の許可が必要とされ,遺留分を放棄させることが妥当か,具体的には,すでに多額の財産を分け与えたので放棄が妥当,といった観点から確認が行われているので単に遺留分権利者となる相続人を納得させるだけではうまくいかない可能性があります。
最後の2つはなかなか難しいと思いますので,現実的には生命保険や贈与の活用が遺留分対策として有効な方法といえます。
しかし,遺留分を減少させる効果が認められるかは不確実な面もありますし,被相続人の財産を減少させる側面もあります。紛争の火種をあえて作ることになったり,老後の資金が足りなくなるといった失敗につながるおそれもあり,慎重な判断が必要となります。
そのようなリスクも併せ考えると,やはり基本的には遺留分があることを前提としつつ各相続人に配慮した相続を十分に考える必要があるといえます。
弁護士
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